春の訪れを告げる風が、ようやく冬の重たいコートを脱ぎ捨てさせてくれるような陽気になりました。
東京・荒川区南千住に鎮座する素盞雄(すさのお)神社へと足を運んできました。
実を言うと、最後にこちらへ伺ったのは2019年のこと。
実に数年ぶりの再訪です。
月日が流れるのは早いもので、前回の記憶を辿りながら「あのお雛様たちは元気かな」なんて、親戚の子供に会いに行くような、少し浮き足立った気持ちで家を出ました。

アクセスは非常にスマートです。JR常磐線、東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレスが交差する「南千住駅」から、のんびりと歩いて向かいました。駅周辺の近代的な再開発エリアを抜け、少しずつ下町の情緒が色濃くなっていく景色を眺めるのも、この散策の醍醐味です。

神社の入り口に到着し、鳥居をくぐった瞬間に空気が変わりました。視界に飛び込んできたのは、圧倒的な「春の色」です。

現在、境内では「桃まつり」が開催されています。2月下旬から4月上旬にかけて行われるこの行事、本日の状況を一言で申し上げますと、文句なしの「最高潮」でした。
境内を彩る花桃は、実にバラエティ豊かです。
すらりと背の高い「照手桃」や、一株で紅白が混ざり合う「源平桃」、さらには菊の花のような「菊桃」まで。
早咲きの品種はひらひらと名残惜しそうに舞い始めていましたが、多くの株が今まさに満開。
ピンク、白、紅と、まるでパレットをひっくり返したような色彩が、柔らかな春の日差しを受けて発光しているかのようでした。

そして、素盞雄神社の桃まつりを語る上で欠かせないのが、氏子の方々から奉納された雛人形たちです。その数、なんと約2,000体。

手のひらサイズの可愛らしいものから、ため息が出るほど立派な七段飾りまで、境内の至る所に鎮座しています。
これだけの数のお雛様に見つめられると、悪いことは一切できそうにありません。
凛とした表情のお内裏様と、優しく微笑むお雛様。
その傍らに添えられた桃の花。
この組み合わせは、日本人のDNAに刻まれた「幸福の原風景」ではないでしょうか。
あまりの調和の美しさに、シャッターを切る指が勝手に動いてしまう、いわゆる「カメラマン・ハイ」の状態に陥ってしまいました。

さらに驚いたことに、本日はソメイヨシノも競演していました。桃と桜が同時に見頃を迎えるという、なんとも贅沢な、あるいは「神様のサービス精神が旺盛すぎる」状況です。

素盞雄神社は延暦14年(795年)創建という、千二百年以上の歴史を誇る古社です。
御祭神は素盞雄大神(スサノオノミコト)と飛鳥大神。
「千住天王」として古くからこの地の人々に愛されてきました。
境内を観察していると、参拝目的の方だけでなく、近所の方が通り抜けがてらにふらっと立ち寄り、花を愛でていく姿が多く見られました。
歴史ある厳かな場所でありながら、生活に溶け込んだ温かさがある。
その絶妙な距離感が、この神社の居心地の良さを作っているのかもしれません。

お祭りの期間中は賑やかですが、本来は非常に静謐な場所です。
ちなみに、4月1日から8日にかけては、古事記の逸話に基づいた災厄除けの「白桃樹御守」が授与されるとのこと。
また、4月8日の疫神祭も見逃せません。
桃の花のピークを過ぎたとしても、まだまだ楽しみは続きそうです。
久しぶりに訪れた素盞雄神社は、私の期待を軽々と超えていきました。
予想を上回る花の密度と、お雛様たちの静かな熱気。
下町の素朴な空気感の中で、これほどまでに華やかな体験ができる場所はそうありません。
もしあなたが「最近、春らしいことをしていないな」と感じているなら、ぜひカメラを片手に訪れてみてください。
そこには、液晶画面越しでは決して味わえない、花の香りと、歴史の重みと、そして人々の願いが形になった温かな景色が広がっています。
私も次は、また違った表情を見せる季節に、この静かな境内を独り占めしに再訪したいと考えています。
願わくば、その時も今日のような穏やかな晴天でありますように。



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