カレンダーの数字よりも先に、肌をなでる風の質感で春の訪れを察知する。
そんな野性の勘(という名の、ただ外に出たい欲求)に突き動かされ、茨城県取手市にある高井城址公園へと足を運びました。

車を降りた瞬間、思わず身悶えするほどの強風。しかし、見上げればそこには一切の妥協がない「ピーカン」の青空が広がっています。この突き抜けるようなブルーと、暴れ馬のような風の組み合わせ。まさに早春の荒々しい生命力を象徴するような一日の始まりです。
園内に足を踏み入れると、まずは梅の花が迎えてくれました。正直に申し上げれば、ピークを少し過ぎて「お疲れ様」と言いたくなる状態ではありましたが、それもまた趣があります。
強風に煽られ、枝が激しく揺れるため、シャッタースピードとの戦いです。あえて望遠レンズで背景としてぼかしてみると、抜けるような青空と相まって、画面全体がうっすらと春のトーンに染まりました。論理的に考えれば「盛り」を撮るのが定石ですが、感情的にはこの「名残り」の静けさにこそ、レンズを向けたくなります。

城郭の中心部にあたる「さくら広場」へ向かうと、そこには河津桜が待っていました。
こちらも全体的にはピークアウトの印象。しかし、木によってはまだ濃いピンクの花をしっかりと蓄えており、遮るもののない直射日光を浴びて、そこだけが自ら発光しているような強烈な存在感を放っています。

満開の時期は、どこを切り取っても「正解」になってしまうため、かえって撮影者の腕が試されません。しかし、散り始めの今は違います。
足元に広がる花びらの絨毯、そして枝先にしがみつく最後の輝き。この「余韻の時間」をファインダーに収める作業は、まるで過ぎ去る恋人の背中を追いかけるような、切なくも贅沢なひとときでした。
実は、昨年この広場で出会った「あの子たち」に再会できるのではないかという淡い期待を抱いていました。しかし、自然界の出会いは一期一会。たまたま昨年がタイミング良すぎただけだったのでしょう。今年は彼らの姿を見ることは叶いませんでしたが、それもまた次回来るための強力な動機、あるいは「壮大なフラグ」だとポジティブに捉えることにしました。

一方で、気になる点もありました。河津桜の木々が年々衰弱しているように見受けられます。根が浮き上がり、痛々しく支柱に支えられながらも懸命に花を咲かせている姿には、胸が締め付けられる思いです。
取手市のサイトでも紹介されているスポットだけに、このまま枯れゆくのを見守るだけなのはあまりに惜しい。隣接する守谷市で行われているような「桜の里親制度」などが導入され、市民の力でこの風景を守っていける仕組みができればいいのに、と切に願わずにはいられません。

今回のメインイベント候補、雪割草。こちらは打って変わって「これからが本番」という期待感に満ち溢れていました。
落ち葉の間から、小さな小さな蕾がひょっこりと顔を出しています。日当たりの良い場所では、ほんの少しだけ口を開きかけた株もありました。
満開の群落が「合唱」なら、今の時期の蕾は「内緒話」です。マクロレンズを近づけると、開花直前の丸みを帯びたフォルムが際立ち、何とも可愛らしい。
「次に来る時は、私たちが主役だからね」
そんな声が聞こえてきそうな、静かな生命の躍動を感じました。

クリスマスローズも咲いていましたが……こちらは少し「野性的」すぎるというか、手入れが追いついていない様子で、少し寂しげな表情に見えました。頑張れ、クリスマスローズ。君のポテンシャルはそんなものではないはずだ。

今日、この公園で最も「勝ち誇っていた」のは間違いなく水仙でした。
園路沿いや斜面に群生する彼らは、まさに今が見頃。逆光気味にカメラを構えると、花びらの縁が光を透過して白く輝き、早春特有の透明感をこれでもかと演出してくれます。
「梅が退場し、水仙が舞台を支配し、雪割草が舞台袖で出番を待つ」
この見事なまでの季節のリレーを目の当たりにし、自然界の構成作家の優秀さに脱帽しました。
高井城址公園は、決して広大な観光地ではありません。しかし、城址特有の高低差と、そこを包み込む林の空気が、写真を「単なる記録」から「物語」へと昇華させてくれます。
どの花も満開という完璧なタイミングではありませんでしたが、むしろその「ズレ」や「揺らぎ」こそが、ブログに書き留めるべき価値のある体験でした。完璧な美しさよりも、移ろいゆく過程にこそ、撮影者の視点が宿るものです。
次は、雪割草が本格的に目を覚ます頃、またこの場所を訪れたいと思います。その時、あの桜たちはどうなっているのか、水仙はまだ踏ん張っているのか。そんな変化を楽しみながら、再びシャッターを切る日が楽しみでなりません。



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